歌おうか 君がアガる歌 〜ロンドン生活5ヶ月終了〜

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2021年が終わる

「今年ももう終わるなぁ」

少年が言った。

「そうね」

「来年はまた新しい年だね」

「そうね」

「今までずっと、僕は楽しかったよ」

「そう、私もよ」

下をむいたまま私が言うと、少年は私のあごをそっともちあげた。

「今までずっと、だよ」

江國香織著「デューク」より

前回のブログを書いてから1カ月弱。ロンドンは急激に寒くなり、日の落ちる時間も早くなりました。11ヶ月位までは何をしても上手くいかないな、ロンドンに来てから、何も成長を感じないという負のサイクルに入っていましたが、なんとなく出口が見つかってきた気がします。

5ヶ月目に起きたことと、今の思いを徒然なるままに書きたいと思います。

スリにあった

PORTOBELLO ROAD MARKETと呼ばれるマーケットに知り合いと行きましたが、マーケットを見て回っている途中に、ボティバッグのジッパーがいつの間にか開いていて、気づいたらコインケースだけ盗まれていました。フラット(マンション)の鍵、オイスターカード(SUICAみたいなもの)と5千円ほど盗まれました。コインケースに入れていてたお金は少額だったので良かったですが、鍵の作り直しが大変でした。幸い、大家さんがメチャクチャ良い人で良かったです。このことを、英会話の先生に話したら、これでReal Londonerになったと言われましたが、正直、スリにあった日は疲れて、凹みました。

I am atheist

Hellotalkというアプリがあります。簡単に言うと、特定の言語を学びたい人をマッチングするアプリです。こないだ初めて、そのアプリを使って実際会いました。その時習った言葉。「I am atheist」(私は無神論者)という言葉。僕も特定の宗教には属していないので、「I am atheist, too」と答え、また多くの日本人がそうであるという話をしました。では、「なぜ、多くの日本人はお寺にいったりするのか?」という質問をされ、困りました。

他の人はわからないけど、僕はお寺や神社に行く時に、神に対して祈っているのではなく、故人を思って祈りを捧げているという話をしました。

学生時代に、一神教の人の行動原理は、神という絶対的な存在に対して真っ当な生き方をしているかどうかということを聞いたことがあります。(宗教学をちゃんと学んだわけではないので、記憶は曖昧です)反面、特定の宗教に所属しない、日本人の行動原理は、他人から見てどのように、その行動が映るのかで決まる。他人とのつながりをなくしてしまった場合、無敵の人みたいな人種が日本では生まれやすいのではないかなと思った記憶があります。

僕は無神論者ですが、僕の中の神様(に近しい存在)は故人を含め、今まで僕に関わってきた人たち全ての人が僕にかけてくれた期待や想いです。それらが、ある種、思念体のように存在として自分の中にいるような気がしています。僕が祈りを捧げる対象はソレです。何もかも嫌になりそうでも、自分を支えてくれるのはソレです。

そんなことを、家に帰ってから、なんとなく思いました。

祝祭性

2020年、日本は東京オリンピックを控え、祝祭の年になるはずでした。それがコロナで生活が一変し、それから約2年。色々な行動やイベントは制限されました。人々が同じ空間に集まり、1つのことを祝うようなことが難しくなりました。ライブで、祝祭性を感じることができいないで過ごす日々は、とても辛いことです。

日本と違い、イギリスは多少の感染者が居ても、経済活動を優先させ、人々もマスクをしなくなりました。祝祭性を取り戻しつつありました。しかし、ここにきて、またコロナの変異株により、商業施設でのマスク着用が義務され、日本も含めて、海外への渡航も容易ではなくなりました。

ビートの惑星

祝祭性を取り戻しつつあった世界に、変異株。これは何の試練なんだ?と思います。でも、世界はよくなりつつあると強く信じたいと思います。90年代のSMAPの曲を彷彿させるハッピーな歌が、もうすぐリリースされます。この曲を聞いて、来るべき2022年に備えましょう。

日増しに寒くなり、1年の疲れが出やすい時期です、皆様、ご自愛くださいませ。

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