技術革新が言語の壁を越える
最近読んだ本「2025年の世界予測」で「外国語がしゃべれなくても平気な世界がやって来る」という予想が描かれていました。
簡単にまとめると、今後コンピュータの力で自動翻訳の分野での技術革新が進み、それらを駆使すれば英語を勉強する必要がなくなるとのことです。
東芝では英語、中国語、韓国語、日本語の間での同時翻訳をするシステムを開発しています。そのシステムにおける翻訳の精度は約8割とされていますが、あと10年もすれば、さらに高い精度を持つ翻訳機が登場し、会話のほとんどを自動翻訳できるようになっているでしょう。
また、米マイクロソフトでは、人間が話す内容を瞬時にコンピュータで処理し、ほかの言語に翻訳したうえで、その人の声で流す技術を開発しています。これを使えば誰でも何ヶ国語でも話せるようになるわけです。著者:中原圭介
「2025年の世界予測」
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現在、スマートフォンと連動する、もしくはそれに取って代わる新たなデバイスとして「Google Glass」をはじめとしたウェラブルデバイスが注目を浴びています。私の予想ではこのようなウェラブルデバイス上で動く翻訳アプリが広がり、自動翻訳の世界が広がるのではないかと考えています。
技術で言語の障壁はなくなるため、その時間をいろいろな国の価値観や歴史や宗教を学ぶ時間に充てた方がよいと著者は主張します。
英語はあくまで手段である
「手段と目的をはき違えている」という言葉を好んで使う先輩社員と同じ現場で働いていたことがあります。手段と目的をはき違えていない時も、よくこの言葉を使っていたので、関西人の僕としては「いや、先輩!手段と目的をはきちがえてるって言いたいだけやん!」とつっこみたくなったことがあるのはここだけの話です。
グローバル化が叫ばれる昨今、企業でもグローバル人材を育てようとTOEICの高得点を社員に義務付け、社内の公用語を英語にするなんて企業も現れてきました。言語を学ぶこと自体は以前ブログに書きましたがメリットがあると思うので、賛成です。
ただ、TOEICで高得点をたたき出しても、英語を流暢にしゃべれても英語はあくまで手段であって、目的ではないのです。本業での能力やコミュニケーション能力がなければ意味がないのです。
英語ができる人間を育てることも大切ですし、TOEICの点数をあげようと努力するのは良いことですが、本業の仕事ができるという土台がってはじめてそれは意味をなします。英語の勉強に比重を置きがちな自分を戒めるためにもこの記事を書きました。
真のグローバル化とは?
「2025年の世界予測」ではグローバル化についても触れています。著者によるとグローバル化などという基準はなく、海外でのビジネスはその国にあわした完全なローカライズ化されたサービスを展開することであると述べています。そのためには自国と他国を知り、その違いを受け入れる必要があります。それができる人間こそがグローバルな人材だと述べています。
確かに宗教が違えば、人々のライフスタイルは変わってきますし、日本人のように特的の宗教に属さない者にとっては理解しがたいことも多いでしょう。高校時代に日本史しか学ばず、世界史を全然勉強しなかった自分には頭の痛い問題です。
まとめ
楽天もkoboとか二番煎じな製品を広めるために渋谷にカフェとか作るお金があるなら、自動翻訳機を作った方が面白いし、楽天ファンも増えると思うんだけどな・・・・
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